「朝起きられない」「学校に行けない」といった症状を訴える10代の子どもたちの中には、小児科で「起立性調節障害(orthostatic dysregulation, OD)」と診断されるケースが少なくありません。ODは自律神経の乱れにより、立ち上がった際の血圧調整がうまくいかず、めまいや失神、倦怠感などを引き起こす疾患群とされています。しかし、ODの治療を続けても症状が改善しないケースが多く報告されています。一方、睡眠専門医の間では、こうした症状の多くは、体内時計のズレにより睡眠リズムが大きく後退し、深夜にならないと眠れず、起床困難となる睡眠障害「睡眠相後退症候群(delayed sleep phase syndrome, DSPS)」によるものではないかと考えられています。今回はこのように考えられる理由をいくつかご紹介していきます。
ODとDSPSの症状の類似性
一つ目の理由に、ODとDSPSの症状の類似性が挙げられます。日本小児心身医学学会はODの症状として以下のようなものを示しています[1]。
- 立ちくらみ、朝起床困難、気分不良、失神や失神様症状、頭痛など。症状は午前中に強く午後には軽減する傾向があります。
- 症状は立位や座位で増強し、臥位にて軽減します。
- 夜になると元気になり、スマホやテレビを楽しむことができるようになります。しかし重症では臥位でも倦怠感が強く起き上がれないこともあります。
- 夜に目がさえて寝られず、起床時刻が遅くなり、悪化すると昼夜逆転生活になることもあります。
これらの諸症状はDSPSの特徴と一致しています。例えば、朝の起床困難、午後になると軽快する体調不良、夜更かし傾向になってしまうという症状は、DSPSの体内時計の遅延やメラトニン分泌の遅れに伴う睡眠リズムの後退によるものであると説明ができます。特に、小児・思春期では、生理的な変化や、夜間の電子機器の利用などによって、メラトニン分泌が遅れたり、体内時計の位相が一般と比較して後退したりするため、これらの症状が顕著に現れます[2][3]。このため、ODとして診断される多くのケースが、実際には体内時計の乱れによって引き起こされる症状と説明できるのです。
日本独自の疾患であるOD
二つ目の理由に、ODは世界的には存在しない、日本独自の疾患概念であることが挙げられます。ODはDSMやICDなどの国際的な診断分類には記載がなく、治療ガイドラインも日本の小児科医らが編纂した日本語のものしか存在しません[4]。さらに、ODに関する英語論文は日本から年間10本程度が出されているだけであり、研究範囲も限られています。一方で、DSPSはDSMやICDで認められた疾患であり、かつ年間コンスタントに数百本の論文が出ており、より体系的な研究や治療法の確立が進んでいます[5]。この点を踏まえると、ODという概念だけにとらわれず、DSPSなどのリズム障害との関連性を考慮した治療アプローチが重要であると言えるでしょう。

ODとDSPSの有病率の関係
三つ目に、ODとDSPSの有病率の関係が挙げられます、日本で提唱されているODの有病率は比較的高く、日本小児科学会の調査では中高学生の約10%(中高生合計で約70万人)がODの症状を呈していると報告されています[6]。一方、これは海外で報告されているDSPSの有病率と同じような割合です。米国、ヨーロッパ、オーストラリアなどの調査によると、青年期(Adolescent)におけるDSPSの有病率は5〜15%程度とされ、早朝の起床困難や夜の入眠困難が見られることが報告されています[7]-[9]。これらのデータを踏まえると、起床困難、午前中の気分不良、夜の入眠困難といった症状を、睡眠や体内時計の要素を無視して、ODによる自律神経の問題として扱うのではなく、DSPSという概日リズムの問題の表出として診断・治療を行っていく方が、より合理的であると言えるのではないでしょうか。
治療へのアプローチ
ODと診断された方の中には、十分な治療効果が得られずに悩んでいる方も少なくありません。そのような場合、DSPSを含むリズム障害の可能性を探ることが重要です。ODとされる症状の多くは、光を浴びたり、就寝・起床時刻を一定に保ったりすることで生活リズムを見直し、体内時計を調整することで症状の改善が期待できます。また、症状が強い場合は、医師の指導のもとメラトニンやメラトニン受容体作動薬を使用した治療を検討することが有効です。正しい診断と治療によって、多くの方が症状を改善し、日常生活を取り戻すことが期待できます。10代の起床困難に悩む方は、ODという症状名に固執せず、体内時計の問題に目を向けてみてはいかがでしょうか。
当クリニックの記事が皆さまの睡眠や健康の改善の一助となることを願っております。
関連記事:DSPSの治療(生活習慣編)、DSPSの治療(薬物治療編)
参考文献
[1]田中英高. “起立性調節障害(OD)” . 日本小児心身医学学会. https://www.jisinsin.jp/detail/detail_01/, (2025.2.23).
[2]矢野香代,大浜敬子,産田真代.母と子における睡眠行動の関連性と課題.川崎医療福祉学誌 2007; 17: 175–183.
[3]Xi M, Hu Z, Zhou D, et al. sleep patterns, mobile phone use and psychological symptoms among adolescents in coastal developed city of China: an exploratory cross-sectional study. Sleep and Biological Rhythms 2019; 17: 233–241.
[4]Tsuchiya, A., Kitajima, T., Tomita, S., Esaki, Y., Hirose, M., & Iwata, N. (2016). High Prevalence of Orthostatic Dysregulation among Circadian Rhythm Disorder Patients. Journal of clinical sleep medicine : JCSM : official publication of the American Academy of Sleep Medicine, 12(11), 1471–1476. https://doi.org/10.5664/jcsm.6268
[5] Pub Med にて2021年10月31日に確認したデータ(publishされたpaper数)をグラフ化。
[6]日本小児科学会. https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/2016_ikotyosa_hokoku-114-116.pdf, (2025.2.23).
[7]American Academy of Sleep Medicine. International classification of sleep disorders. Diagnostic and coding manual. 2nd ed. Westchester, Ill: AASM, 2005.
[8] Lovato N, Gradisar M, Short M, Dohnt H, Micic G. Delayed sleep phase disorder in an Australian school-based sample of adolescents. J Clin Sleep Med. 2013; 9(9):939–944
[9] Sivertsen, B., Pallesen, S., Stormark, K. M., Bøe, T., Lundervold, A. J., & Hysing, M. (2013). Delayed sleep phase syndrome in adolescents: prevalence and correlates in a large population based study. BMC public health, 13, 1163. https://doi.org/10.1186/1471-2458-13-1163